カピカピのもんじゃ焼は焼けるように熱い
さすがに手袋が必要か。
明日朝は氷点下まで気温が下がるらしい。かじかむ手は耐えられずにポケットに潜り込んだ。乾いた風が正面から吹き付けてくる。体を小さくまるめて駅から家まで歩く。しかし足取りは重い。
今まで通りだと時間が解決をしていた。長くても2週間もすれば、これまでの日常が戻ってくる。しかし、今回がそうであるとは限らない。1ヶ月かかるかもしれないし、1年、いや一生このままかもしれない。
本屋によって時間を潰してから帰ろうかと思ったが、そんなことは意味がない。やめた。
▪️▪️▪️
「ただいまー」 反応はない。 リビングのドアを開けると、暖房で暖まったぬるっとした空気が吹き込んできた。テーブルの上にはホームプレート、妻がお好み焼きを作っている。
私はそそくさとスーツを脱ぎ、ワイシャツも下着も脱いでお風呂場に入った。シャワーを出す。数秒冷たい水が流れたあとに、43℃に調整されたお湯が出てきた。
凍えた手にシャワーをかけると、じわっと指先に血が流れ込んでくるのを感じた。シャワーは淡々と43℃のお湯を流し続けている。
頭を泡だて、顔をスクラブでこする。今日は体は洗わない。体を洗うのは2から3日に1回だ。体にこびりついた汚れは、簡単には落とせないことを私は知っている。それに、汚れには防衛機能もあるのだ。
シャワーが終わると体を拭き、上下スウェットになった。夜はパンツは履かない。これは自分のポリシーでもある。
▪️▪️▪️
「はい、食べろ!」 保湿剤を体に塗りたくってたところ、後ろから妻の声がした。 「食べろっ!」 言葉は乱暴だが、怒気は含まれていないように感じる。私はもうちょっと念入りに保湿剤を塗りたかったが、「はいはーい」と答えた。
お皿にはお好み焼き、鉄板にはもんじゃがひろがっている。
「お好みソースとマヨネーズ」 妻の顔は冷静だ。昨日のように真っ赤に火照ってはいない。言葉も熱は無く無味乾燥だ。
私は冷蔵庫から黒い容器と白い容器を持ってくる。 「違う、それウスターソース。お好みソース持ってきて」 「あ、そっちね」
お好み焼きは「お好み」と付いていながら自分の好みには焼けなかった。全て妻の裁量だ。しかし妻の好みは自分の好みでもある。あるいはお好みの人と食べる、という意味なのかもしれない。
「どういたしまして」 妻は言う。 「ありがとうございます」 私は言う。
「美味しいでしょ?」 妻が聞く。 「美味しい」 私が答える。
「優しいでしょ?」 「優しいね」
「かわいいでしょ?」 「かわいいね」
「ありがたいでしょ?」 「ありがたいね」
「結婚して良かったでしょ?」 「結婚して良かったね」
「つまんないでしょ」 「楽しいね」
「面倒くさいでしょ」 「きれいだよ」
「うるさいなって思ってるでしょ」 「幸せだよ」
▪️▪️▪️
もんじゃは鉄板の上でグツグツと水分を飛ばしている。
ホットプレートで作るお好み焼きは美味しい。もんじゃ焼きも美味しい。コンロでフライパンで作るのと違うのは、一定の温度が保たれるからだ。常に200℃に保たれている。
グツグツグツグツ。不思議なことに、もんじゃ焼は焼いても焼いてもカピカピにはならない。ジューっと鉄板に焼き付けると乾いたようになるが、口の中に入れるとジュワッと旨味のある汁気が溢れてくる。
「このもんじゃ美味いね」
具が決まっていない我が家のもんじゃは、味にバラツキがでる。今日のもんじゃはキャベツとたらこ。味付けはよく分からないが、とてもいい味付けだ。私は素直に美味いと伝えた。
「そう?」妻は言う。
▪️▪️▪️
「コーヒー淹れてもいいよ」 私が食後の皿洗いを終えると、妻はそう言った。すでにやかんはシュポポポポと湯気を立てている。
私はコーヒーポットに少量のお湯を入れた。そしてマグカップ半分までミルクを注ぎ、電子レンジに入れてスイッチを押した。コーヒーポットの内側が湯気で真っ白になると、そのお湯を捨て、フィルターを上にのせた。コーヒー豆の缶からスプーン2杯をフィルターにかけ、上からゆっくりとお湯を注いだ。電子レンジを止めてマグカップを取り出し、コーヒーを入れる。
ソファーで編み物をしている妻にマグカップを渡した。
「あったかいでしょ」 妻は「そうだね」と答えた。
最近妻はフロアコーティングについて検討しているらしい。そこで、こんなサイトを作ったそうだ。
フロアコーティングに失敗しないための、業者の選び方や注意点など - はじめてのフロアコーティング
何を考えているかよく分からないが、とりあえず尊敬はしている。尊敬は。